1.はじめに

みなさんは膝の痛みが気になったことはありませんか?
膝は日常生活において非常に重要な役割を果たす関節であり、歩く、走る、階段を登るなど、ほとんどの動作に関わっています。そのため、膝に痛みを感じると、普段の生活にも大きな影響を及ぼします。膝の痛みを引き起こす原因の一つとして、変形性膝関節症(Osteoarthritis, OA)が挙げられます。
この病気は、膝関節内の軟骨が摩耗していくことによって引き起こされ、痛みや可動域の制限をもたらします。変形性膝関節症は、特に高齢者に多く見られますが、加齢に伴う変化だけでなく、生活習慣や外的要因も関与しています。膝関節の解剖学的メカニズムを理解し、どのようにしてこの病気が進行するのかを知ることは、予防や治療に向けた第一歩です。また、変形性膝関節症に対するエクササイズの一つとして注目されているのが「ピラティス」です。ピラティスは、膝への負担を最小限に抑えつつ、筋力を強化し、柔軟性を高めるための運動方法として非常に効果的です。
2.膝関節の解剖学は?

膝関節は、私たちの体の中でもとても複雑で、繊細な構造を持っている関節です。歩く、立つ、しゃがむ、階段を上がる——こうした日常の動きをスムーズに行うために、膝の中ではいくつものパーツが連携して働いています。
膝関節を構成する主な骨は3つあります。太ももの骨(大腿骨)、すねの骨(脛骨)、そして膝のお皿と呼ばれる骨(膝蓋骨)です。これらの骨の接触部分には「関節軟骨」と呼ばれるクッション材のような軟らかい組織があり、衝撃をやわらげながら滑らかな動きを助けています。
しかし、年齢を重ねたり、長年の負担が積み重なったりすることで、この関節軟骨がすり減ってしまうことがあります。これが進行すると、軟骨がなくなり、骨同士が直接こすれ合う状態になってしまいます。この状態になると、膝を動かすたびに摩擦が生じ、痛みや腫れ、炎症を引き起こすようになります。これが「変形性膝関節症」の大きな特徴の一つです。
また、膝の中には「半月板」と呼ばれるC字型の軟骨が左右に1つずつ存在しています。半月板は、骨と骨の間でクッションの役割を果たし、関節にかかる衝撃を分散させたり、膝を安定させたりする働きをしています。ところが、軟骨の摩耗が進行すると、この半月板にもダメージが及びやすくなり、関節の安定性が低下してしまいます。
さらに膝関節を支えているのは骨や軟骨だけではありません。膝のまわりには、4本の靭帯があります。前十字靭帯(ACL)・後十字靭帯(PCL)・内側側副靭帯(MCL)・外側側副靭帯(LCL)です。これらの靭帯は、膝がぐらつかないように支えながら、動きすぎないようにブレーキをかける役割を担っています。
加えて、大腿四頭筋(太ももの前の筋肉)やハムストリングス(太ももの後ろの筋肉)といった筋肉も、膝の安定を保つうえでとても重要です。これらの筋肉がしっかり働くことで、関節にかかる負担を分散し、膝が守られるのです。しかし、筋力が低下したり、バランスが崩れたりすると、関節にかかるストレスが増し、結果的に軟骨や半月板、靭帯にも過剰な負担がかかることになります。
このように、膝関節は「骨」「軟骨」「半月板」「靭帯」「筋肉」といった複数の組織が、それぞれ役割を果たしながら協力し合って機能しています。どれか1つのパーツに不具合が起こると、全体のバランスが崩れ、結果として関節全体に影響が及ぶ――それが変形性膝関節症の怖さでもあります。
だからこそ、膝の健康を守るには、痛みが出る前から筋肉や柔軟性をしっかり保ち、膝だけでなく股関節や足首も含めて全体の動きを整えていくことがとても大切なのです。
3. 変形性膝関節症の原因

変形性膝関節症の発症にはさまざまな要因が関与しています。中でも最も一般的なのは加齢による変化です。年齢とともに膝関節内の軟骨は水分を失い、弾力性が低下して硬くなります。その結果、軟骨が摩耗しやすくなり、骨同士が直接こすれ合うことで炎症が起こり、痛みを引き起こすようになります。
また、外傷や怪我といった外的な要因も発症に影響を与えます。膝を強く打った経験があったり、サッカーやバスケットボールのように膝を酷使するスポーツを長期間続けていたりする場合、関節内の軟骨が損傷しやすく、膝関節症のリスクが高まります。
さらに、体重の過剰も膝への大きな負担となります。膝関節は体重を支える重要な役割を担っているため、肥満によって関節軟骨の摩耗が進み、変形性膝関節症が進行しやすくなります。
遺伝的要素も無視できません。家族に膝関節症を患っている人が多い場合は、本人も発症するリスクが高まることが知られています。加えて、女性は男性に比べて変形性膝関節症を発症しやすい傾向があり、特に閉経後のホルモン変化が関節の健康に影響を与えていると考えられています。
このように、変形性膝関節症は単一の原因ではなく、さまざまな要素が重なり合って進行する疾患であるため、早期の予防と適切な対策が重要です。
4.変形性膝関節症の本当の原因とは?使い方の癖に注目しよう

実は原因はそれだけではありません。そこには、“体の使い方の癖”という見逃せない要因が潜んでいます。
私たちは日常生活の中で、無意識に同じ足に体重をかけたり、片側の膝だけに負担をかける姿勢や動作を繰り返しています。例えば、立っているときに片足重心になっていたり、階段を上るときに片足をいつも先に出す癖があったり…。そうした日常の「小さな偏り」が、長い年月をかけて膝関節に大きなストレスを与えるのです。
さらに、座り方や歩き方の癖、過去のけがによる関節のかばい方なども影響します。こうした偏った動きが繰り返されると、膝関節内の軟骨や半月板に不均等な圧力がかかり、摩耗や変形が進行します。その結果として炎症や痛みが生じ、変形性膝関節症へと発展するのです。
つまり、年齢による変化以上に重要なのが、「どのように身体を使ってきたか」という視点です。ここに注目すると、単に筋力をつけるだけではなく、動き方そのものを見直すことの大切さが見えてきます。
変形性膝関節症と向き合う上で、「歳だから仕方ない」と諦めるのではなく、「動き方を変えればまだ守れる膝がある」と考えることが、とても大切です。動作の癖に気づき、丁寧に身体を使い直すことが、将来の膝を守る第一歩になるのです。
「正しい体の使い方」を身につけることは、膝の痛みを和らげるための鍵となります。しかし、正しい使い方とは、単に姿勢を正すことだけではありません。日常動作における重心のかけ方、足の運び方、股関節や体幹との連動――そうした細かい動きの質を整えることが大切です。
多くの人は、知らず知らずのうちに“自己流”の動きを積み重ねています。たとえば、片足にばかり重心をかけたり、膝を伸ばしきったまま立ち続けたりといった習慣は、膝関節への負担を増やし、痛みの慢性化を招く原因になります。こうした体の使い方の「癖」を自覚し、見直していく必要があります。
5.問題は膝だけではないかも!?

膝に重だるさや痛みを感じたとき、多くの方がまず疑うのは「膝そのものの異常」です。もちろん、変形性膝関節症など膝関節自体の問題がある場合もありますが、実はその痛みや不調の“真犯人”が、膝の上下に位置する「股関節」や「足首」に潜んでいることが少なくありません。
膝関節は、股関節と足関節という2つの可動性の高い関節の間に位置しており、身体の中では「中間関節」としての役割を担っています。つまり、股関節や足首の動きが制限されたり、左右のバランスに乱れが生じたりすると、その“ツケ”が膝に回ってくるというわけです。膝は構造的にねじれやすく、上下の動きには強くても、横方向や回旋のストレスにはあまり強くありません。そのため、本来は股関節や足首が吸収すべき負荷を膝が代償して受け持つことで、膝に過剰なねじれや圧迫が生まれ、痛みや炎症の原因となるのです。
特に多く見られるのが、「股関節の柔軟性低下」です。デスクワークや座りっぱなしの生活が続くと、股関節周囲の筋肉――とくに腸腰筋や大臀筋――が硬くなり、本来のしなやかな動きが失われてしまいます。その結果、歩く、しゃがむ、立ち上がるといった日常動作の際に、膝が本来以上に動かなければならず、無理な負担がかかってしまいます。
同様に、足首(足関節)の可動域が狭くなると、歩行時や階段昇降のときに地面からの衝撃を吸収できず、そのエネルギーがダイレクトに膝に伝わります。足のアーチの崩れや足指の使い方のクセなど、小さな部分の動きも、膝への負荷に大きな影響を与えるのです。
このように、「膝の痛み」とひと口に言っても、その背景には身体全体のバランスや関節間の連携が関係していることがわかります。言い換えれば、膝だけを見ていては、根本的な改善にはつながらないことも多いのです。
膝が痛いからといって膝だけを責めるのではなく、「動きの連鎖」の中でどこに問題があるのかを見つける視点が、痛みの根本解決には欠かせません。
あなたの膝を守るためには、膝の“上下”にも目を向けることが、とても大切な第一歩になるのです。
6.ピラティスがもたらす膝にやさしいエクササイズ

適切な運動は膝関節の負担を軽減し、進行を防ぐために非常に重要です。ピラティスは、もともとリハビリのために開発されたエクササイズで、動きはゆるやかで無理がなく、高齢者や痛みを抱える方でも安心して取り組める運動法です。
ピラティスの特徴は、単に筋力を鍛えるのではなく、“正しい身体の使い方”を身につける点にあります。特に膝関節に対しては、直接的な負荷をかけるのではなく、体幹(コア)の安定性を高めたり、股関節や足首など他の関節の動きを整えることで、間接的に膝へのストレスを軽減します。
たとえば、膝に負担が集中する原因の一つに「股関節の動きの硬さ」があります。股関節がうまく動かないと、代償的に膝が過剰に動かされることで痛みが起きやすくなります。ピラティスでは、呼吸を整えながら丁寧に股関節の可動域を広げたり、骨盤の位置を調整することで、全身の連動を回復させることができます。
また、ピラティスではマットの上や横になった姿勢でのエクササイズが多いため、膝への荷重を抑えながら安全に動くことができます。動きの中で「今、どこが動いているか」に意識を向けることで、無意識のうちに続けていた悪い姿勢や使い方にも気づけるようになります。
「痛いから動かさない」ではなく、「痛みが出ない範囲で動きを整える」という視点を持つことが、膝と上手に付き合うためのカギです。
7.ピラティスで筋力と柔軟性をバランスよく!膝への負担を軽減するコツ

変形性膝関節症のリハビリというと、「太ももの筋肉(大腿四頭筋)を鍛えましょう」と言われることが多いかもしれません。確かに、大腿四頭筋は膝関節を安定させる重要な筋肉です。しかし、それだけでは不十分なこともあります。膝への負担を本質的に軽減するには、筋力と柔軟性の“バランス”がとても重要です。ピラティスはこのバランスを整えるのに非常に効果的なアプローチです。
まず注目したいのは、大腿四頭筋と拮抗する筋肉である「ハムストリングス(太ももの裏側の筋肉)」や「内転筋(太ももの内側)」です。これらの筋肉は、大腿骨と骨盤の位置関係を安定させ、膝が正しい軌道で動くのをサポートしてくれます。また、臀部(お尻)の筋肉――特に中臀筋や大臀筋も、膝への衝撃を和らげるクッションのような働きをします。これらの筋肉が弱かったり、柔軟性を失って硬くなっていると、歩行時や立ち上がる動作のたびに膝に余計な負担がかかってしまうのです。
ピラティスでは、体幹(インナーマッスル)を中心に、こうした全身の筋肉を連動させながら使うトレーニングを行います。単に「筋トレ」や「ストレッチ」を分けて行うのではなく、「伸ばしながら使う」「コントロールしながら動く」といった、質の高い動作を反復することで、筋力と柔軟性を同時に養うことができます。
さらに、ピラティスでは左右差にも敏感になります。日常生活の中でできた「片足に重心を乗せる癖」や「片側ばかりで踏ん張る動作」などが、知らず知らずのうちに膝の片側に負担を集中させていることがあります。こうしたクセを見直し、左右バランスを整えることも、膝の保護にとって非常に重要な視点です。
そして何より、「身体の感覚を高める」ことが大切です。動きの中で「どこが力んでいるか」「どこが使えていないか」といった感覚に気づくことで、自分の身体と向き合う力が養われていきます。これにより、動作の質が向上し、無意識のうちに関節に負担をかけていたクセが徐々に減っていくのです。
大腿四頭筋だけに頼らず、周囲の筋肉をバランスよく整えることで、膝にかかるストレスを軽減し、動作をより快適にすることができます。ピラティスはそのための“全身調整ツール”として、大変優れた手段です。
8.変形性膝関節症におすすめしたいピラティスエクササイズ
ピラティスは、体幹の強化、柔軟性の向上、そしてバランス感覚の向上に焦点を当てた運動方法です。膝に過度な負担をかけずに、筋力をバランスよく鍛えることができるため、膝関節に優しいエクササイズとしておすすめです。
①.ブリッジ

目的:大臀筋とハムストリングスの強化
ブリッジは、膝関節に負担をかけずに、下半身の筋肉を効果的に強化できるエクササイズです。膝を90度に曲げて仰向けになり、肩幅に足を開いて床に足をつけます。そこからお尻を持ち上げ、膝から肩まで一直線になるようにします。この動作でお尻と太ももの裏(ハムストリングス)を使い、股関節を動かすことができます。膝関節にかかる圧力を避けながら、腰回りや下肢の筋力を鍛えることができます。
②レッグサークル

目的:股関節の柔軟性とバランス感覚の向上
レッグサークルは、股関節の可動域を広げるエクササイズです。仰向けに寝て片膝を曲げ、もう片方の脚をまっすぐに伸ばします。伸ばした脚を小さな円を描くように動かします。このエクササイズは、膝を曲げた状態で股関節の動きを滑らかにし、膝に過剰な圧力をかけずに股関節の柔軟性を高めることができます。股関節が柔軟であると、膝関節にかかる負担が軽減されます。
③アブダクション

目的:臀部の外側のお筋肉(外転筋)を強化
アブダクションは、膝に優しく臀部の筋肉を鍛えるエクササイズです。横向きに寝て、下側の脚を90度に曲げ、上側の脚を天井に向かって上げます。このエクササイズは、膝に負担をかけずに臀部の外側の筋肉を強化できます。股関節と膝の安定性を高めることで、膝への負担を減らすことができます。
9.ピラティスを行う上で大切なこと

ピラティスを行う際に何より大切なのは、「自分の身体の声に耳を傾けること」です。
とくに変形性膝関節症のように、関節に痛みや不安を抱える方にとっては、無理をせず、その日の状態を見極めながら取り組む姿勢がとても重要になります。
痛みや違和感は、身体が「ちょっと立ち止まって」と伝えてくれているサイン。
その声を無視して動き続けるのではなく、立ち止まり、呼吸を整え、休息を選ぶこともまた、自分の身体を大切にする選択です。
ピラティスの魅力は、呼吸と動作を連動させることで、身体の奥深くにある小さな筋肉たち――いわゆるインナーマッスル――を穏やかに目覚めさせていくことにあります。
それは、表面的な筋力アップとは違い、関節を安定させ、姿勢を整え、効率よく動ける体を作っていく“質”の変化です。
特に膝関節は、全身のアライメント(姿勢の整合性)や股関節・足首との連動に大きく影響されます。呼吸と動作を丁寧に重ねていくことで、こうした全身の協調性が高まり、結果として膝への負担も軽減されていきます。
ピラティスは、動きを通じて「自分自身と向き合う時間」でもあります。
今日はどこに力が入っているか、呼吸は浅くなっていないか、足の裏でしっかり床をとらえているか――。
その積み重ねが、自分の身体への理解と信頼を深め、膝だけでなく、日常生活全体の質の向上につながっていくのです。
ピラティスを通じて、あなた自身のペースで、軽やかに、そして心地よく動ける体を取り戻していきましょう。
あなたのその一歩が、これからの人生の質を変えていく大きな力になるはずです。